とてつもなく大きなプレゼントについての話。

ふと思い出しました。

クリスマスが近いからでしょうか。

私は学生時代から学習塾の講師をしていますが、実は小中高の教員免許を持っていて、せっかくだからと学校教育にも足を突っ込んでいた時期があります。公立高校の非常勤と私立高校の非常勤、そして採用試験を受け1年間公立小学校の教員もやりました(1年だけですから「務めました」とはいいにくいですね)。

赴任した小学校で、私は歳近い特別支援学級の先生と仲良くなりました。それまでずっと私教育に身を置いてきた私は、不慣れな環境での悩みを相談をしたりグチったりしによく彼の教室に行きました。

そこにはハルくんという男の子がいました。当時小学1年生。ゆるくカールしてふわっとした細くて長い髪の毛。血管が透けて見えるような白い肌。ちょっと物憂げなまなざし。ピーナッツに出てくるライナスのような、セザンヌの描く天使のような、それはそれはかわいい子でした。

ハルくんは自閉症でした。動物の絵がとても上手で、ゾウやキリンやトラやいろいろな動物をいつも画用紙いっぱいに描きます。「画用紙いっぱいに」というのは大きな絵を描くということではなくて、小さな動物をたくさんたくさん描いてそれが画用紙を埋め尽くしていくのです。そうしてできあがる作品は、いつもたくさんの動物たちがひしめいてなんとも楽しいものでした。間違いなく才能のある子だと思います。

ある日いつものようにハルくんの学級に行くと、プロレスラーのように立派な躯体の男性がいました。ハルくんのお父さんです。ハルくんの雰囲気とあまりに違う出で立ちにちょっと驚きましたが、見た目通りに快活で豪放な気持ちのよい方で、すぐに仲良くしていただくことができました。

夏休みに、ハルくんの家族と支援級の先生に誘われみんなでどこかに出かけようということになりました。ちょうど国立博物館では若冲が展示されていて、近くには動物園もあるから上野にしようということに。ハルくんの好きな動物づくしです。

当日はものすごい暑さで、炎天下の不忍池では蓮が目の前でみしみしと伸びているみたいにひしめいていました。

若冲は当時今ほど人気がなかったのか、それともあまりの暑さにみんな並ぶ気が失せてしまったのか、今ではよく思い出せませんが、わりとすんなりゆったり入館できました。私たちはたのしかったのですが、ハルくんはどうもぴんとこないようでした。

再び炎天下にさらされながら動物園へ。入園するやいなや、運動会では号砲をいやがり、20mをすら全く走ろうとしなかったハルくんが、ものすごいスピードで檻から檻へと駆け回っていました。学校では何をするにもスロウな彼しか見たことのなかった私はとても驚き、またとてもうれしい気持ちになりました。


ハルくんがとりわけ好きな動物はカバ。カバの檻に到着すると、それまで鞠のように跳ね回っていた彼は柵にしがみついて動かなくなりました。

「先生、ここ来たらアイツ1時間は動きませんよ」

とお父さん。

お弁当を広げて昼食の準備を始めています。

柵にしがみついたままのハルくんの隣へ行き、いっしょにカバを眺めました。じっと静かに、2人で眺めていました。

ふとカバがひゅんひゅんとプロペラみたいにシッポを回転させ始めました。するとハルくんがぼそっと

「うんちするよ」

と言いました。

「えっハルくんが自分から話しかけてくれた」

と驚いたのも束の間、カバは本当にどばどばとうんちをして、そして出したそばからしっぽでぱしんぱしんとそれを周囲にはじき飛ばし始めました。

「ひえええええ!」

ここでごはんを食べるのかと複雑な気分になりながら、ハルくんの描くカバはただの「キャラ」でなくて、こうして彼がちゃんと本当に知っている「生きたカバ」なんだなぁと知りました。

そして夏休みが終わり、秋と冬が過ぎて、陽気に春の到来を感じる年度末になりました。

ある日、ハルくんが転校するという話を聞きました。

支援級の先生に理由を尋ねると「郊外に家を建てたんだって!」と教えてくれました。

ハルくんのお父さんが来ていたので

「新しいお家を建てられたんですね!すごい!おめでとうございます!」

と、会う度いつもさせてもらっていたように、馴れ馴れしくたのしく、私たちはお祝いを述べました。

するとお父さんは遠慮がちに笑いながら

「ちがうんだよ先生。この家はハルに買ったんだ。オレたちはこの先いつまでもずっとあいつといてやれるわけじゃない。オレたちが老いて死んでいなくなってしまったときに、あいつの住む場所をきちんと残しておかなきゃいけない。だからあいつに家を買ってやることにしたんだ」

と言いました。

衝撃に言葉を失い、浅はかさに恥ずかしくなりました。

お父さんの真意に触れたときの心情は、悲しみやましてや哀れみみたいなものとは全く違って、むしろ畏れに近いようなものだったように思います。

小学1年生の子どもへのプレゼントに家を選ぶということの意味の大きさと重さを、私は今でも測りかねています。